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Ⅰ. なぜ、その瞬間だったのか
Essay 001 写真は気づきから始まる

一日は、無数の光景を抱えながら流れていく。
街を歩けば、光は絶えず移ろい、影はかたちを変え、世界は一瞬ごとにその姿を更新している。
その尽きることのない時間の中から、ただ一つの瞬間だけが、写真として手元に残る。
なぜ、その瞬間だったのか。
構図や光の美しさ、あるいは偶然目にした出来事。 そうした要素が一枚の写真を支えることは、確かにある。
けれど、作品が生まれる理由は、さらに深いところにある。
同じ場所を幾度も通り過ぎながら、ある日、ふと足が止まる。
見慣れていたはずの壁が、ある光の中で、それまでとは異なる存在として立ち現れる。
そのとき起きているのは、発見である。
探そうとする意識に先立って、世界の側から、まだ言葉にならない何かが差し出される。
写真は、その小さな呼びかけに応答するところから始まる。
写真機を構える以前に、世界と自分とのあいだで交わされる、微かな頷き。
作品を育てているのは、その沈黙の時間である。
この感覚は、長い時間をかけて世界を見つめ、待ち、選び、削ぎ落としていく中で、少しずつ深まっていく。
写道とは、その感覚をどこまでも澄ませていく歩みである。
流れ去る時間の中で、ただ一つの瞬間が作品へと結実する。
その兆しを受け取る眼を育てること。
写道は、一つの問いから始まる。
なぜ、その瞬間だったのか。
答えを急がず、その問いの前に立ち続ける。
そこから、写真は始まる。
木 村 尚 樹
fine art photography
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